北品川五丁目第1地区第一種市街地再開発事業

副都心「大崎」の壮大な再開発がはじまった

複数の大規模複合再開発によって、新しい街づくりが進められている「大崎」。
その歴史は、1982年の副都心に指定されたことからはじまりました。そして現在、首都・東京の一翼を担う副都心に相応しい、新しい都市としての姿が描かれています。

東京都の一翼を担う大崎副都心計画

大崎の新たな発展は、東京都の「東京都長期計画」において定められた副都心計画にさかのぼります。これは、首都・東京の都市機能の一極集中型の分散化をめざしたもので、大崎は、池袋・新宿・渋谷・臨海を含めた7副都心のひとつとして位置づけられました。その後、1985年に「市街地整備基本構想」、1986年に「大崎駅周辺地区市街地整備構想」(テクノスクエア構想)が定められ、1987年には「大崎ニュー・シティ」、1999年には「ゲートシティ大崎」が誕生し、副都心に相応しい街づくりが進んで参りました。

大崎副都心計画

[「パークシティ大崎」市街地再開発の歴史]

1991年に小関親睦会ブロックまちづくり研究が発足し、再開発に向けての検討がスタートしました。
その後、1997年の準備組合設立、2007年の都市計画決定、2009年の組合設立、2011年の権利変換認可等の節目を経て、2012年には、本体工事に着工しました。

「パークシティ大崎」北品川五丁目第1地区の着工前から工事途中まで

2011年撮影(既存建物解体前)
2014年撮影(再開発事業施工中)